2016年08月20日

『集団安全保障』-国際的責任、一国平和主義に関して

現在「集団的自衛権」が話題となっています。


そして、その行使の理由の一つに


 


○「一国平和主義」ではダメ。


○「国際的責任」を果たさなくてはならない。


という意見があります。


 


しかし、ここで大きな問題があると思います。


というのは、表題に上げた「集団安全保障」の問題と「集団的自衛権」を混同しているというか、意識的に混同させて「集団的自衛権」を容認させるように持ち上げているのでは?とも感じます。


 


そもそも、「集団的自衛権」というのは、「個別的自衛権」に対する言葉で、自国が侵略などの攻撃を受けたときに対処することに対し『集団』⇒『同盟国』が攻撃を受けたときに同盟国が支援の為に武力で反撃できるというものです。


さらに、現在安倍首相の進めている「集団的自衛権」は、同盟国が侵略行って、他国から攻撃を受けたときも支援に参加するというもので、こうなったら集団的自衛ではなく『集団的侵略』となりますね。


 


所で、『集団的安全保障』というのは国連による国際的な安全保障の考え方で、加盟国が攻撃を受けたときに国連加盟国が一体となって支援を行うというもので時には、武力を使用して加盟国を助けるというものです。


多国籍軍によるPKOもこの範疇の行動となる。


 


ですから、先の集団的自衛権の行使の理由をいうならまず、この国連による「集団安全保障」に対してどのように判断するかを考えることが先決であり。


「日米軍事条約」でアメリカに『責任』?を果たしたといって、国際的に責任を果たすという事にはならないし、PKO活動を拡大して集団的自衛権を行使するという事など言語道断と言えるのではないでしょうか?


 


それよりも大切なことは、日本国憲法の精神にあるように


「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の構成と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。


われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」


という崇高な理念を改めて堅持し世界に発信することが世界平和に対する大きな『責任』を果たすことになるのではないでしょうか。

posted by まだこれ at 21:38| Comment(0) | 安保・軍事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。